「特急白鳥」食堂車が小松市に移設:昭和の名車両をNPOが修繕・再生へ

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1970年代に北陸線を駆け抜けた特急「白鳥」の食堂車が、長い時を経て石川県小松市に移設されました。

クラウドファンディングにより運搬費用をまかない、地元NPOが中心となって修繕・公開を目指すこのプロジェクトは、鉄道ファンや地域住民の間で大きな話題となっています。

当記事では、食堂車の歴史やプロジェクトの詳細、地域への影響、ネット上での反応などをご紹介します。

目次

特急「白鳥」と食堂車の歴史

特急「白鳥」は、かつて東京~大阪~北陸方面を結ぶ長距離特急として国鉄時代に活躍しました。

1972年(昭和47年)に製造されたこの食堂車は、車内で食事を楽しめる贅沢な空間を提供しており、鉄道旅の華とされていました。

1984年に引退後、盛岡市の鉄道愛好家のもとに渡り、1987年から約3年間は喫茶店として再活用されていたというユニークな経歴も。

そんな貴重な車両が、2024年の能登半島地震をきっかけに、地元復興の一助として再び脚光を浴びることとなりました。

NPO「北国鉄道管理局」の挑戦

このプロジェクトを主導するのは、鉄道ファンによって結成されたNPO法人「北国鉄道管理局」(小松市)。

代表理事の岩谷淳平さん(50)を中心に、老朽化した食堂車の修復と展示に向けて奔走しています。

2025年12月6日、盛岡を出発した食堂車は、海路と陸路を経て9日に小松市下牧町の防衛省管理地へクレーンで搬入。

輸送費用はクラウドファンディングで集められ、年明けからは本格的な修繕費用を募る新たなクラウドファンディングも予定されています。

岩谷さんは「きれいになっていく過程を見てもらいたい」と語っており、修繕プロセスそのものを市民と共有することで、地域の関心と参加を促す狙いがあります。

乗り物のまち・小松への貢献

小松市は航空プラザやバス博物館など、「乗り物のまち」としての地域ブランディングを進めてきた歴史があります。

今回の特急「白鳥」食堂車の移設と修繕は、そのコンセプトと見事にマッチし、観光資源としての新たな魅力となることが期待されています。

特に鉄道好きな若年層や家族連れにとって、レトロな列車を間近で体験できる空間は大きな魅力。

将来的にはイベントや展示などを通じて、地域経済の活性化にもつながるとみられます。

ネット上での反応と声

ネット上では、このニュースに対する多くの反応が寄せられています。

・「懐かしい!小学生の頃に乗った白鳥の食堂車が復活するなんて感激」

・「こうした文化遺産を守ろうとするNPOの取り組みは素晴らしい」

・「ぜひクラファンに参加したい!完成が楽しみ」

など、ポジティブな意見が多数。

今後の修繕状況や公開スケジュールにも大きな関心が寄せられています。

まとめ

特急「白鳥」の食堂車は、単なる鉄道遺産ではなく、地域の誇りであり、未来へ受け継ぐべき文化資産です。

NPO「北国鉄道管理局」による熱意あるプロジェクトは、地域活性化にも直結する重要な取り組みです。

年明けには再びクラウドファンディングが始まります。

鉄道ファンの方はもちろん、地域を応援したい方も、ぜひこのプロジェクトに注目し、支援の輪に加わってみてはいかがでしょうか。

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この記事を書いた人

当サイトでは主に石川県内の話題を扱っています。

筆者は富山県出身&富山県在住。

Bリーグの富山グラウジーズを応援しています。

写真の撮影をしており、撮影の対象は選手やチア、綺麗な風景です。

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